傷だらけの令嬢〜逃げ出したら優しい人に助けられ、騎士様に守られています〜
前を進むアンジェリカの後ろを、ソフィアは大人しくついて行く

こうして後ろに控えて進むさまは、まるで昔に戻ったように錯覚してしまう

もうあの頃には戻りたくない

暴力をふるわれても、黙って耐えたりしない

「ここの牢屋にもね、区別があるらしいわよ」


後ろを振り返ることなく、アンジェリカは聞いてもいないのに説明を始めた

「さっきいた辺りの牢はね、通常の牢屋、
奥に進んで行くとね、分かる? あなたにもそろそろ見えてくるはずよ、ほ~ら覗いてごらんなさい」


アンジェリカが指差す方向を見ると、同じような造りの部屋が見えてきた

格子戸の扉ではなく、窓のない扉が入口に設置されている

所々開いたままの扉があり、中を通り過ぎざまにチラッと見ると、何に使うのか想像もしたくないような道具が無造作に置かれている

恐ろしく大きな刃物が上から落ちてくるように設置された台がある部屋や、
座る者を拘束する為のベルト付きの金属製の椅子が置かれている部屋など……

ソフィアは慌てて目を逸らした


「どう? なかなか素敵な場所でしょう? こ~んな場所があったなんてお父様も教えてくれれば良かったのに……ふふふ、振り向かなくてもあなたが今どんな顔をしているか想像つくわ。
 
心配しなくてもあなたには特別な場所を用意してあるから! あなたの為の特別な場所をね。さぁ、ここよ。入って」

ソフィアは全身から血の気が引いて、くらくらとめまいがした

倒れそうになるのを必死に耐える

ポケットの中に手を入れると、中に入っている指輪を握りしめた

グレッグ様……

ポケットに手を入れたまま部屋の中に入ると、段差に気づかずに足を掬われてよろけた

「あっ!」

バランスを崩しそうになったのを、何とか持ち堪えることができた


カランカランとその拍子に指輪が転がる



指輪を拾おうとしたところに、勢いよく頭の上からバシャーンと冷たい水が投げかけられた


「きゃっ!」

ポタポタと髪から雫が滴り落ちる

何……?

アンジェリカを見ると、手に桶を持っていた

傍には水が入っている大きな水瓶が置かれていた

そこから水を掬うと、続けざまに顔に向けてバシャンバシャンと水を浴びせてくる


やめてっ!


痛みはないものの、鼻や口に水が飛び込んできて、ゴホゴホとむせ込む


「何をするのっ」

ゴホゴホとむせびながら、なんとか避けようと動く

くじけそうになる自分に向かって、必死に
自己暗示をかける

大丈夫、これくらい大丈夫

ただの水じゃない

怖くない、泥水や熱湯とかではないもの

「ゴホッ、ねぇ、聞いて、アンジェリカ! ゴホッ、あなたは間違ったことを聞かされてたのよ、私は、あなたの義妹ではないの!」

「はぁ⁉︎ うるっさいわね! そんなことどーでもいいわ! 私はね、あの時あんたのせいで汚らしい男達に身体中を触られたのよ⁉︎ あーー‼︎ 気色悪いっ! あんたのせいで!」

アンジェリカはソフィアの後頭部の髪の毛をむんずと掴み、水瓶の中に勢いよくソフィアの顔をつける

「あんたのせいで‼︎ あんたのせいで‼︎」

「ゴッ、やめ……てっ、ゴボッ」

ブクブクと水の中で窒息しそうになり、身体をのけ反らせようとしても、すぐに水の中につけられる

いや‼︎ ぐるしい! 

やめて‼︎ たすけて‼︎


グレッグ様……


何度も何度も何度も水の中に叩きつけるように顔を押しつけられて、涙と鼻水と唾液が入り混じり酷い有り様だった

アンジェリカから逃れようと死にものぐるいで揉み合ううちに、二人共に床に倒れ込んだ

その時にソフィアの髪の毛が幾本がもぎ取られた

「痛っ」


「あーー気持ちわるい!」

アンジェリカはもぎ取ったソフィアの髪をバイ菌でも払いのけるようにぶんぶんと振り落とす

「…何これは?」


先程落としてしまった指輪を、アンジェリカが見つけて拾おうとした


「それはだめ‼︎」

床に倒れ込んだままソフィアは、アンジェリカの足を掴んで邪魔をする

「放しなさい!」

ソフィアの掴んだ手を引き離そうと、アンジェリカは足蹴りをする

「絶対にいや‼︎」

ソフィアは自分でも驚くほどの力で、アンジェリカの動きを阻止しようと足を掴んでいた

だってその指輪は、グレッグ様が私の為にプレゼントしてくださったものだから!

グレッグ様はきっと、指輪よりも私のことを心配してくれると思う

でも、そんな優しさを向けてくれるグレッグ様から頂いた物だからこそ、誰にも奪われたくない!

ソフィアは最後の力を振り絞って、アンジェリカを引き寄せると、自分は勢いよく指輪を目指して滑り込んだ
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