国一番の大悪女は、今から屋敷の外に出て沢山の人達に愛されにいきます
「マリーナ様」

クロルに呼ばれて、目を開ける。

目を開けると、クロルが水の入ったグラスを手に持っている。

「お水はもう要らないと……」

「水分補給は大切です。先ほどのグラスの大きさを考えても、一杯だけでは少なすぎます」

クロルが表情を変えずに、平然をそう述べた。


「ふふ、相変わらずクロルは心配性ね」


私はクロルから水を受け取り、ゆっくりと喉に流し込んでいく。

「ねぇ、クロル。当たり前だけれど、馬術って難しいわよね……優勝できるか不安だわ」

私は口に出してしまった後で、その言葉は弱音だと気づいた。

「今のは……!」



「マリーナ様なら優勝出来ますよ。それほどまでに私の仕える主人は凄い人です。それにもし優勝出来なければ、私が……」



クロルの言葉が突然止まってしまう。


「クロル?」


「……いえ。きっとリーリルがいつも通り泣きながら(なぐさ)めるに決まっています」


クロルの言葉通り、泣きながら「お嬢様ー!」と心配してくれるリーリルが頭に浮かんで、私はつい微笑ましくなってしまった。


「そうね。なんだか想像出来てしまうわ」


クロルが私が飲み終わって空になったグラスを回収する。

「本当はもっと休んでほしいですし、今日の練習すら終わりにして欲しいところですが……マリーナ様は嫌でしょう?」

クロルの呆れたような言い方に私はつい笑ってしまった。

「じゃあ、もう一度練習してくるわね。日が暮れる前には戻るわ」

「はい。ご無理はなさらず」

クロルが手に持っている空のグラスを見れば、それだけで応援してくれている人がいるのだと再認識出来る。

きっと心配とも言うのだろうけれど。

それでもそのことが嬉しくて、その後の練習は(はかど)ったような気がした。
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