本当はあなたを 愛してました

婚約

帰りの馬車の中での記憶はない。
ずっと眠っていたから。
というのも、昨日ベッドに入ったものの眠れなくて、結局朝まで一睡も出来なかったからだ。

何も聞きたくなかったので、都合が良かった。アーノルドさんも二日酔いで寝ていたようだし、ルーカスとサラお嬢様は、きっと2人で話していたのだと思う。

そんな二人の会話を、聞くことにならなくて良かった。


「お疲れ様でしたー!サラお嬢様、若旦那様おかえりなさいませ。」

「アーノルドさん、リナ、おかえり」


交渉の結果を知りたくて、皆が今か今かと私達の帰りを待ち構えていた。
出迎え時に、私の名前も呼ばれたことにほっとする。
全員が私を拒絶しているわけではないんだ。


「只今戻りました。交渉の結果ですが、サラ、君の口からよろしく」

「皆さんの応援のおかげもあり、無事に出店の許可がとれました!」


「おめでとうございます!」

皆が一斉に歓声を上げる。旦那様はとても喜んでルーカスの背中を叩く。
旦那様はあんなにはしゃぐ方だったかしら?

「よくやった!皆も聞いての通りだ。
出店も決まり、幸先明るい!
もう一つめでたいことがある!

ルーカス、サラお嬢様、2人共前へ出てきてくれるかな」

従業員達は、一斉に2人に注目した。

何かが発表されることが予想された

嫌な予感がしたけれど、恐る恐る後ろから注目する。


「この度、わしの息子ルーカスと、サラお嬢様の婚約がめでたく決まった!

サラお嬢様は、貴族籍を離れることになるが、今までと変わらず勤めてくださる。皆、2人に盛大に祝福を‼︎

今日は、沢山美味しいものを用意してある。無礼講で楽しんでくれ。
 
では、商会の明るい未来に乾杯!」

「乾杯ー!」

「おめでとうございます!若旦那様!サラお嬢様!」


「お似合いの2人だわ」


沢山の料理やお酒がテーブルに並べられていた。交渉の結果がどうであれ、従業員の皆を労う為に用意されていたものだろう。それに今日は婚約発表も重なり、会場の空気は熱気に溢れていた。


やっぱり…

そういうことなのね。
あまりにも予想通りの展開に、
ショックを通り越して、もうどうでもよくなった。

ううん、どうでもいいと思わなければ、心が保てなかった。


放心状態で立ち尽くす私の周りは賑やかだ。皆料理に夢中で私の様子など誰も気にも止めない。通り過ぎる人が、私がそこにいることに気づかずぶつかって行く。

ルーカス…

今、どんな顔をしているの?

最後に目に焼き付けておきたい

でも……

見るのは、こわい。


ルーカスが、とても幸せそうな顔をしていると思うから。

そんな顔を見たら、

今度こそ私は、立ち直れない。

ここにはいたくない

私は、夢中で商会を飛び出した。

婚約ですって、

ルーカスがお嬢様と……。

いつからそういう関係だったの?

そんな当たり前のこと、私が一番分かってることじゃない。

認めたくないよ、ルーカス。
なんで…

気がつくと私は、河原に座り込んでいた。川に映る自分の顔をひたすら眺める。
水面に映る自分の顔が、波うってボヤけいていく。石を投げ込んで、その顔を見えなくする。波紋が収まるとまた顔が浮かんでくる。そんな意味もない行動を、ただただ繰り返していた。

ほんの小さな波紋で崩れていく自分の顔。


私なんて、結局この程度の存在なのね……。

これからどんな顔をして、仕事に行けばいいんだろう。

もう行きたくない……。


どうすれば━━。


「リナ?」

「っ!」


まさか、こんな偶然があるの?


「━━エミリオ」


そこには、私を心配そうに覗き込むエミリオが立っていた。
そう、こんな風に、帰り道にエミリオと会うことがある。

「リナ、大丈夫? 顔色が悪いよ。歩ける?」


私は黙って頷くことしかできなかった。
エミリオは私を立ちあがらせてくれて、そのまま手を繋いで歩き出した。


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