新説ブランコで首を吊った男
~隆志の章~
何で最近、パパとママは笑わなくなったんだろ。
僕と一緒にいる時、ママは笑ってくれる。
パパは、いつも疲れてそうな顔ばかり。
前の家の時は、もっと笑っていたのにな。
あそこのデパートのオムライス大好きだったのに、最近どこにも連れてってくれない。
こっちに来てから、近所のみよちゃんとも会えなくなっちゃった。
隣の家の大ちゃんとも、遊べない。
いつもお菓子をくれた髭のおじさんにも会えない。
ジュースを買ってくれる太ったおばさんにも会えない。
いつもママと一緒。
それは嬉しいけど、他の子とも前みたいに遊びたい。
夜になると、パパとママは喧嘩をしていた。
前は二人ともニコニコしてたのにな。
一回だけパパとママと一緒に、ハンバーグを食べに行った。
シマシマの洋服を着た大きいお兄ちゃんが、ハンバーグの上に日の丸の旗を差してくれた。
家でもママが、ハンバーグを作ってくれるといいな。
アイスクリームの乗った緑色のジュースも、また食べたいな。
こっちに来て良かったのが、公園ですぐ遊べるところ。
公園に来ると、ママはニコニコ笑ってくれる。
僕は、大好きな砂場で遊んで、ブランコも乗る。
みよちゃんや、大ちゃんたちと、ここで一緒に遊びたいな。
太ったメガネのおじちゃんが、ママに話し掛けてきた。
何でこのおじさんの後ろに、怖い顔をしたおじいさんがいるんだろ。
みんな、半袖なのにおじいさんだけ、いつも灰色の服を着ている。
太ったおじちゃんの後ろで、いつもピッタリくっつくようにしているおじいさん。
一回だけ僕と目が合った事がある。
とっても怖かった。
だって、僕、何もしてないのに、おじいさんが睨んでくるんだもん。
でも、ちょっとだけ僕を見たあと、いつも太ったおじちゃんを睨んでいた。
この間、隣に住んでいるメガネを掛けた太ったおじちゃんと、公園に行く時すれ違った。
とっても臭かった。
ママはいい匂い。
パパもいい匂い。
パパと同じ男なのに、このおじちゃんの匂いは臭い。
ホッペが怪人のようにガザガザなホッペで、いつも指でポリポリ掻いている。
このおじちゃん、いつもママの事をジーって見ている。
この太ったおじちゃんの顔を見ていると、何かの虫に似ているなあと思う。
まだ灰色の服を着たおじいさんが、後ろでピッタリとくっついていた。
「このおじちゃん、悪い人だ……」
そう言うと、ママは怒る。
だけど、パパがたまに怒った時の目と、灰色のおじいさんの目が同じなんだもん。
だから太ったおじちゃんは、悪い人なんだ。
僕の事をおっかない目で見てくる。
でも太ったおじちゃんは、気付いていないみたいだけど、後ろで今だって灰色の服を着たおじいさんが睨んでいるよ。
公園でママと遊んでいたら、格好いいお兄ちゃんと可愛いお姉ちゃんが腕を組んで入ってきた。
とても仲が良さそうな二人。
よく分からないけど、お姉ちゃんは僕に気がつくと、ジッと僕の顔をしばらく見ていた。
僕もそのお姉ちゃんをジッと見ていたら、お兄ちゃんが「おい、美和。何してんだよ?そろそろ行くぞ」と声を掛けて公園から出て行っちゃった。
公園を出てからもお姉ちゃんは、僕のほうを何度か振り返って見ていた。
ママとパパがまた喧嘩をしている。
朝起きると、僕はママに連れられてお外に行った。
「隆志、ママのお母さんに会いたいでしょ?」
「うん」
「ママのお父さんは?」
「会いたい」
「そう」
ママはとても嬉しそうに笑った。
パパに会ってない。
どこに行っちゃったんだろ。
朝起きると、ママが僕の髪の毛を撫でていた。
「ママ……」
「なあに?」
「パパは?」
僕がそう言うと、ママは黙っちゃった。
しばらくしてからママは優しそうな顔で言った。
「今日、帰るわよ」
「ほんと?」
「うん、パパにすぐ会えるよ」
「わーい」
もうじきパパと会えるんだ。
パパのところに行くと、臭かった。
太ったおじちゃんの匂いより臭かった。
この匂いは、なんだろ。
隣の太ったおじちゃんの部屋のほうに行くと、ママが大声で僕を呼んだ。
「勝手に触っちゃ駄目よ」
ドアを開けようとしたら、すごい臭い匂いがした。
「隆志……」
何の匂いだろ?
ママが僕を呼んでいる。
でも僕は、気になってドアを開けた。
「キャーーーー……」
ママの大声。
ドアの向こうから太ったおじちゃんが、灰色の服を着たおじいさんに首を絞められていた。