アイドルに推された私  仕事の依頼主は超人気者

クリスマスの夜

 夕方、買物を済ませた唯は悠の部屋にやって来た。
 勿論、キヌコさん仕様の姿で……。
 リビングのソファーに座ると改めて悠の部屋を見渡す。
 大きなテレビが設置されている棚には、悠の出演作品のDVDが飾られていた。
 DVDを手に取るとデッキに挿入する唯。
 彼女が選んだのは『RAIN』のライブツアーを
収録したもの。
 大画面に映し出される『RAIN』のメンバー五人の姿、
各メンバーの表情は生き生きとキラキラしている。
 画面いっぱいに映し出される悠の顔。そして、悠のしなやかな動きと軽やかなダンス、そして美しい横顔に
唯は思わずソファーから立ち上がった。
 そして、
「東田さん……悠さん……」と呟いた。
 ライブツアーのDVDを観終わった唯、棚に並んだ作品
から悠が出演する映画のDVDを取り出し鑑賞をはじめる。

 大画面の中の悠の演技にどんどん引き込まれていく唯。
 気が付けば、唯が悠の部屋に来てから数時間が経過していた。

 カチャ……。玄関のドアを開く音が唯に悠の帰宅を知らせてくれた。
 リビングに入って来た悠、
「キヌコさんごめんね。 遅くなった」と慌て顔の悠。
「大丈夫ですよ。今日もお疲れ様でした」微笑む唯。
 悠は着替えると、キッチンに立ち料理を作り始める。
 トントントンとリズミカルに聞こえる食材を切る
包丁の音。
「料理が出来るって本当のことみたいですね」唯が悠に話しかける。
「信じてくれた?」
「はい、包丁の音でわかります……」
 時計を見た悠、
「ね~キヌコさん、そろそろ出直す時間だよ。あ……昨日教えた手順で、鍵は俺のヤツで……」
 それを聞いた唯は、
「わかりました。じゃあ、」と言うと荷物を持って部屋を出て行った。
 そして、暫くすると、地下駐車場から直通のEVに乗ると再度悠の部屋の玄関ドアを開けリビングに戻って来た。
 ダイニングテーブルには、湯気が立つ美味しそうな
『オムライス』が作って置いてあった。
「美味しそう……」と唯が呟く。
 彼女の表情を見た悠は満足そうに、
「じゃあ、食べようか……」と言うと二人は席についた。
 唯が両手を合わせて「いただきます」と言うと、
「どうぞ、召し上がれ……」悠が嬉しそうに微笑んだ。
 彼女がスプーンでオムライスを食べようとお皿に視線をおろすと、
「ん? 何これ……」唯が悠の顔を見上げた。
 ケチャップライスを包む卵の表面に『なまえとばんごうおしえて……』
 とケチャップで文字が書かれていた。
「よく、この文字を書けましたね……」と呆れる唯。
「よく頑張ったから、いい加減に教えてよ」訴える悠。
「だから、仕事だからだめですって……」
 といつものやり取りが始まる。
 ブツブツと言いながらオムライスを口に運ぶ悠を見つめた唯は、彼を見る眼が昨日までとは少しだけちがうと感じるのであった。
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