大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
「ひどく咳込みながら帰って来て、胸が痛いって言いながら、そのまま倒れちゃったの。お姉ちゃん、どうしよう……」

 華は涙声でそう言うと、志乃の膝に「わぁ」と泣きながら顔をうずめる。

 志乃は華の肩を抱きながら、今朝の母の様子を思い出していた。


 確かに最近の母は、時折咳をしていたし、何やらやつれた様子だった。

 志乃も心配して何度となく体調を気づかったが、母は「疲れが出たのよ」とそっと笑うだけだったのだ。

 そして今朝も「心配ないから」と言い、仕事に出て行った。


 ――やっぱり、体調が悪かったんだ。


 再び藤が「わぁっ」と声を上げた時、隣の部屋との境の襖がそっと開かれ、田所先生が姿を現した。


 田所先生は、つい最近お父上から診療所を継いだばかりの若いお医者様だ。

 先代も素晴らしいお医者様だったが、田所先生もとても信頼のおける方で、志乃たち一家も何かあれば診ていただいている先生だった。

 白衣姿の田所先生は、近くに置かれた、たらいで手をすすぐと、厳しい顔つきで志乃の方へ身体を向ける。


「志乃ちゃん、お母さんなんだけどね。今流行りの肺の病にかかっているんだ」

 田所先生の声に、一気に全身の血の気が引く。
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