大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
 その瞬間、志乃の手から封筒がするりと下に落ち、ぽとんと悲しい音を立てた。

 志乃は肩を震わせ、声を殺して泣き出した。


 死神が迎えたのは、たんなる妻ではなかった。

 病に苦しみ、死への恐怖を抱えた、ひとりひとりの(はかな)き人間たちだったのだ。


「志乃は心優しき娘だ。お前が無事でいてくれて、本当に良かった」

 花奏はそう言うと、すすり泣く志乃の肩を抱こうとして、その手をぐっと堪えるように引く。

「……旦那様」

 志乃は涙で濡れた顔を上げると、花奏を見つめた。

 花奏は志乃からそっと目を逸らすと、仏壇の前へ行き、手に持っていた位牌を大切そうに元の場所に戻す。


「志乃、人は何のために祈るのだろうな」

 線香に火をつけた花奏が、静かに声を出した。

「え……?」

 志乃は花奏の言葉の意味がわからず、小さく首を傾げる。

「何度祈っても、何も変わらぬのだ。何度祈っても、人の死は止められぬ」

 花奏は何を言わんとしているのだろう。

 志乃は不安になり、思わず花奏の側に駆け寄った。

「死ぬのは皆、この者たちなのだ。俺は病にもかからず、未だこうしてのうのうと生きている」

 花奏はじっと、線香の煙が静かに天へと伸びていく様を見つめている。
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