大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
「……肺の……病?」

 志乃は絞り出すようにそうつぶやくと、思わず天井を仰いだ。

 肺の病と言えば「国民病」と言われるほどの大流行で知られる感染症で、画期的な治療法はなく、志乃の周りでも病に侵され命を落とした人が何人もいる。


「知っていると思うけど、この病には特効薬がない。ただ療養するしか手立てはないんだよ。誰か頼れる身内の人はいるかい?」

 田所先生の妙に落ち着いた声が、志乃の心をえぐった。

 志乃は静かに目を閉じると、ゆっくりと首を振る。


 志乃たち一家に身よりはない。

 父方の親戚も、母方の親戚も、とうに縁は切れている。

 父親もおらず頼れる親戚もいない今、幼い妹を抱えて、どう病気の母を療養させたら良いというのか。


 志乃は自分が一気に絶望の淵に立たされた気分になる。

 そもそも病気療養と言っても、それができるのは一部のお金持ちだけだ。

 一般の庶民はなすすべもなく、最後は血を吐き、海に溺れるかのような息苦しさの中死んでいくのだ。

 志乃はどうしようもない絶望の中、すすり泣く華と藤をきつく抱きしめた。
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