大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
「きゃあっ」

 突然目の前に現れた花奏の姿に、志乃は軽く悲鳴を上げると、その拍子にストンと尻もちをついてしまう。

 そしてそのまま腰が砕けたように、立ち上がれなくなってしまった。


「おい、志乃。大事(だいじ)はないか?」

 するとすぐに花奏が志乃の前にかがみ込み、志乃の顔を伺おうとする。

「きゃ」

 志乃は再び悲鳴を上げると、ぴょこんと跳ねるように立ち上がった。


「も、も、も、申し訳ございません。旦那様……」

 志乃は顔を真っ赤にして、もじもじと下を向く。

 花奏は志乃の様子に、くすりと肩を揺らしていた。


 ――どうしたら良いの? 恥ずかしくて顔が上げられないわ……。


 すっかり下を向いて照れてしまっている志乃に、花奏がわざとらしく首を傾げている。


「そういえば今朝の味噌汁には、豆腐を多めに入れて欲しい気分なのだがな……」

 口元を引き上げた花奏の声に、志乃は再びぴょんと飛び跳ねると、ぴんと背筋を伸ばす。

「は、はい。すぐにご用意いたします」

 志乃は最後の言葉まで言わない内に勢いよく駆けだすと、脇目も振らずに、くすくすと笑う花奏の前を走り去った。
< 113 / 273 >

この作品をシェア

pagetop