大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
 志乃は庭先へ出ると、井戸水の入った桶でバシャバシャと勢いよく顔をすすぎ、ふるふると首を振った。


 ――もう私ったら、どうしたというの……。


 花奏の顔を見た途端、全身が熱くて熱くてたまらなくなり、真っ赤になった顔は、まともに花奏の目を見ることもできなかったのだ。

 小さくため息をついた志乃は、つい先ほど目の前で見た花奏の顔を思い出す。


 ――旦那様のお顔も声も、とても優しかった……。


 花奏は、今まではどことなく志乃に、距離を置いていたような節があった。

 それはきっと、志乃がいずれは実家に帰ると思っていたからだろう。

 でもさっきの味噌汁の話もそうだが、昨夜花奏が言った「志乃の好きにしろ」という言葉通り、花奏は志乃がこの家に(とど)まることを認めてくれたのだと思う。


「私、このままここに、いても良いのだわ」

 志乃は顔を拭った手ぬぐいを、キュッと握り締めながら顔を上げる。

 花奏を過去から救い出し、自分が守ると宣言したのだ。

「しっかりするのよ、志乃」

 志乃は自分に気合を入れ直すと、朝餉(あさげ)の準備をするために、元気よく炊事場に駆け込んでいった。
< 114 / 273 >

この作品をシェア

pagetop