大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
「でも旦那様も、今の志乃様と同じように、ひどく照れて顔を背けてしまわれるかも知れないですがな」

 耳打ちするようにコソコソと話す五木に、志乃は再び顔を真っ赤にした。

「もう、五木さんったら」

 頬を膨らませてそう言いながらも、志乃はつい、ふふっと吹き出した。


 志乃の笑い声は、薄く線を引いたような秋の雲と共に、空にすっと伸びていく。

 すると一瞬、強い風が開け放った障子からサッと吹きこみ、志乃を包み込んで去っていった。

「きゃ……」

 小さく目を閉じた志乃が、しばらくしてそっと瞼を開くと、目の前にあの離れが飛び込んでくる。


 その瞬間、志乃の中で確かな気持ちが芽生えた。

 やはり香織の箏は、あのままでいいはずがない。

 過去の思い出や後悔と共に、離れで佇む花奏を外へ連れ出さなければならないのと同じように、香織の箏もそのままではいけないのだ、と。


 ――旦那様に、一歩でも踏み出してもらうために……。やはりあの箏は、音を奏でるべきなのだわ。


 志乃は硬く自分にうなずくと、五木の顔をまっすぐに見つめた。


「五木さん。私は、香織様の箏を弾こうと思います」

 五木は志乃の声に、驚いたように一瞬目を見開いていたが、静かににっこりとほほ笑んだ。
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