大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~

箏の音色

 五木がお使いに行くと言って屋敷を出た後、志乃は表から庭に回った。

 池の周囲を慎重に回り、足を進めると目の前にあの離れの入り口が現れる。

 志乃は戸の前に立つと、手に力を込めて、重い戸を横にぐっと開いた。

 ガラガラという低い音と共に戸が開き、わずかに舞った(ちり)が、さし込んだ光に反射して、キラキラと輝いては消えていく。

 志乃はそっと入り口の敷居をまたぐと、静まり返った土間に立った。


 以前来た時には気がつかなかったが、この離れもとても良く掃除されているようで、使われていない部屋であるのに古びた臭いは一切しない。

 志乃は丁寧に下駄を脱ぐと、板の間に上がり、前と同じように障子をそっと開けた。

 その途端、座敷の真ん中に置いてある箏が目に止まる。

 箏は、穏やかな日が当たる温かな色合いの中、以前と同じように静かにそこにあった。


 志乃は座敷に入ると、丁寧にすべての障子をあけ放つ。

 目の前に広がる庭の奥に母屋が見え、志乃は一旦深呼吸するように大きく息を吸った。
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