大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
 庭から目線を離し、振り返った志乃が床の間(とこのま)に目をやると、昨日仏壇に供えたものと同じ撫子(なでしこ)の花が、細長い鋳銅製(ちゅうどうせい)の花瓶に()けられているのが見えた。

「旦那様が、摘んで来られたのかしら?」

 志乃は桃色の撫子の、可憐な花びらにほほ笑むと、その脇に置いてある机から、香織のものと思われる譜面と箏爪を取り上げる。

 そのまま、いくらか緊張した面持ちで箏の前に立つと、姿勢を正して静かに座った。


 パラパラと譜面をめくっていた志乃は、“秋の言の葉(ことのは)”という曲で、ぴたりと手を止める。

 そこには何度も紙をめくったのであろう跡が残されていた。

 志乃はその箇所を丁寧に開くと、箏台(きんだい)にのせる。

 全ての弦に箏柱(ことじ)を立て、調弦を済ませると、香織の箏爪が入った小箱を開けた。

「香織様、私に箏をお貸しください」

 志乃はそっとつぶやくと、箏爪をつけ箏を弾き出した。


 秋の虫の音や、遠くに聞こえる(きぬた)の音を表現したこの曲を、志乃は丁寧に唄いながら紡いでいく。

 途中、譜面の“ユ”の文字を見ながら、香織はこの“ゆりいろ”を、どのように表現して奏でていたのだろうと思いを馳せた。
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