大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~

珍しいお客様

 秋も深まり、時折冷たい風も吹く季節になった。

 志乃は今日も離れで箏を弾いている。

 ふと横に目を向ければ、花奏は障子を開けた畳に横になり、庭を見ながら肘枕でうつらうつらとしているようだ。

 最近では珍しくなくなったその姿に、志乃は小さくほほ笑むと、心が満たされるのを感じながら弦を(はじ)く。


 志乃が初めて離れで箏を弾いてから、花奏が屋敷にいる日は、こうやって二人で過ごすことが多くなった。

「志乃の箏の()は、心が落ち着く」

 そう花奏に言われるたび、志乃は自分が天にも舞うような気分になっていることに気がつくのだ。


 少し前、志乃は一度だけ、花奏に香織のことを聞いたことがある。

 箏の名手であった香織が、どのように箏を弾いていたのか、どうしても気になったのだ。

 でもその時、花奏は少しだけ寂しそうな顔をした後、ほほ笑みながら志乃を見つめると、首を横に振った。


「志乃の箏を聴いてから、何度か思い出そうとしたのだが、一向に思い出せぬのだ」

「え?」

 志乃は驚いて目を丸くする。
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