大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
 花奏は、そんな志乃に顔を覗き込ませると、愛おしそうに見つめた。

「俺は過去を忘れることに恐れを感じていた。でもそれは、間違いだったのかも知れん」

 花奏のその言葉を聞いてから、志乃は自分らしく表現すればよいのだと自信を持った。

 そうすることで、香織の思い出も含めて、花奏の心を癒していくことができる気がしたのだ。


「こんにちは」

 箏を弾き終えた志乃が、横になる花奏に羽織をそっとかけていた時、入り口の戸の方から誰かの声が聞こえた。

 首を傾げた志乃は、花奏を起こさないように、そっと立ち上がると入り口の障子を開く。

 そこに笑顔で立っていたのは田所だった。


「まぁ、田所先生」

 田所に会うのは、母の回復の知らせを聞いた時以来だ。

 珍しい田所の来訪に、志乃は思わず驚いた声をあげてから、慌てて自分の口を両手でふさぐ。

 不思議そうな顔をする田所に、志乃はしーっと口元に指を当てた。

 志乃は座敷の奥を振り返りながら、そっと花奏の様子を伺うが、花奏は横になったまま動かなかった。
< 129 / 273 >

この作品をシェア

pagetop