大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
 志乃はゆっくりと文字を目でなぞりだす。

 それでも頭の中では、今日一日の出来事がぼんやりと繰り返し浮かんでいた。


 正直、母の病を知った後のことは、記憶があまり定かではない。

 田所先生とおばちゃんにお礼を言い見送った後は、お腹が空いたという藤にせかされるように、ただ無心で夕飯の準備をした。

 絶望の淵にいてもお腹は空くし、日常はやってくるのだと実感させられる。


 志乃はこれからどう暮らして行ったらよいものか、思考を巡らせる。

 家計簿を見る限り、家には父の残したお金と、母の貯えがあるため、明日の食べ物に困るということはないだろう。

 それでも母の病状によっては、志乃がこの家の大黒柱にならねばならない。


 志乃は手帳を閉じて立ち上がると、母の寝ている部屋の襖をそっと開ける。

 母は度々咳をしながら、苦しそうに顔を歪めていた。


 ――女学校を辞めて、早々に働きに出た方がいいわね。お箏も辞めるしかない。


 志乃は自分自身に静かにうなずくと、そっと襖を閉じた。
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