大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
「どうされたのですか? こちらに、いらっしゃるなんて珍しいですね」

 志乃は小声でそう言いながら下駄を履くと、そっと土間に下りる。

「たまには花奏の仏頂面でも見ようかと思ってね、少し寄ってみたんだよ」

 田所はそう言うと、顔を大袈裟にしかめて見せる。

「まぁそんなお顔をしたら、旦那様に叱られてしまいますよ」

 志乃はくすくすと肩を揺らして笑った。

 田所はそんな志乃に、満面の笑みを見せる。


「安心したよ」

「え?」

「前に話をした時は、志乃ちゃんは家を追い出されるって嘆いていたけれど、もう大丈夫そうだね」

 田所の声に、志乃は静かにうなずいた。


「田所先生からお話を伺って、その日の夜、旦那様と話をしたのです。香織様のことも、この家に迎えていた人々のことも伺いました」

「そうか……ついに花奏は、一歩踏み出せたんだね」

 田所は感慨深そうに低い声を出すと、目頭をそっと押さえる。

「そう、願っています」

 志乃も力強くうなずいた。

 すると田所が、急に表情を明るくさせる。
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