大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
 一人であれやこれや世話しなく考えていた志乃は、花奏が自分の名を呼ぶ声で、はっと我に返った。

「おい、志乃!」

「ひゃっ、は、はいっ」

 志乃は慌てて背筋を正すと、やれやれと笑う花奏の顔を、上目遣いに伺う。


 ――ど、どうしましょう。私ったら舞い上がってしまって……。


 でも、慌てる志乃の予想に反して、花奏は優しく志乃にほほ笑みかけた。


「少し田所と話しがある。後で構わぬから、茶でも持って来てくれぬか?」

「は、はい。かしこまりました」

 志乃はぴょこんと立ち上がると、深々と頭を下げる。

「では田所先生、どうぞごゆっくり」

 志乃はそう言い残すと、急いで離れを後にした。


 外に出ると、少しずつ傾き出した夕日が、空を(だいだい)色に染め始めているのが見える。

「あぁ、どうしよう」

 思わずつぶやいた志乃の心は、再び期待でいっぱいになる。

 “社交界”という初めての場所へ、花奏と行くことができるのだ。

 志乃は鼻歌を唄うように身体を弾ませると、お茶と菓子を用意するために母屋へと入って行った。
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