大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
 妻としてではなく、斎宮司家の身内だと紹介すれば、志乃を見初(みそ)める者も出てくるかもしれない。


 ――そのようなことがあれば、志乃の幸せのため、俺は喜んで志乃を送り出すのが良いのだろう……。


 でも……。

 花奏はじっと目を閉じると、自分の心に問う。


 ――俺は本当に、志乃を手放すことができるのだろうか……。


 ふとそんなことを考え、深くため息をついた花奏の顔を、田所が覗き込んだ。

「花奏? どうかしたか?」

「いや、何でもない」

 花奏が首を振ると、縁側に腰かけた田所は、座敷の箏を静かに振り返った。


「それにしても驚いたよ。まさか、志乃ちゃんがここで、香織ちゃんの箏を弾いているとはね」

 田所は感慨深げにつぶやく。

「まぁ、(なか)ば強引に、志乃が弾き出したようなものだがな……」

 花奏が渋い顔をして答えると、田所はあははと声を出して笑った。

「でも、まんざらでもないって感じだね。その顔を見れば、きっと香織ちゃんも空の向こうで笑っているだろうよ」

「……そうだな」

 花奏はそうつぶやくと、自分の長い髪にそっと触れる。

 その艶のある黒髪と、まだ元気な時分の香織の長い髪が重なり、花奏は静かに目を閉じた。
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