大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
「志乃の箏を聴いて過ごすうち、いつからか瞼に浮かぶ香織の顔が、ほほ笑んでいることに気がついた。頭にこびりつくように残っていた、最期の時のあの苦しげな顔は、今は浮かんで来ない……」

 花奏の穏やかな声に、田所が小さく鼻をすすった。

 花奏はその音を聞きながら、田所にも今までどれだけの心配をかけてきたのだろうと、思いを馳せる。


「でもしかし、志乃ちゃんを選んだ僕の目に、狂いはなかったってことかぁ」

 しばらくして田所が、わざとらしく鼻を上に向け、大きく伸びをするように両手を空に振った。

「田所、お前はいつも一言余計なのだ」

 花奏があきれ顔でそう言うと、「そりゃそうだ」と田所は声をあげて笑った。

 辺りには穏やかな秋の風が吹き抜け、花奏は静かに顔を空に向ける。


「志乃は本当に面白い娘だ。なぜだろうな、俺はあんなにも自分の死がやってくることを望んでいたのに、今はただ、志乃の箏の()を聴くために生きているような、そんな気さえしてくるのだ」

「それはね、花奏。それだけ志乃ちゃんの存在が、お前の中で大きくなっているということだよ」

 田所はそう言うと、花奏に正面から向き直った。
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