大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
 ――そんなの、あんまりじゃない……。


 志乃は心の中で叫び声を上げる。

 やっと前に進めたと思ったのに、花奏はどこまで自分を苦しめたら、満足するというのか。


 離れで箏を弾き、二人で過ごす時間が長くなればなるほど、花奏との距離が近づき、志乃は花奏を心の苦しみから溶かしているのだと安心した。

 でもその一方で、まだ花奏を“本当の意味では救えてはいない”と、漠然と感じていたその理由……。

 志乃は、それが初めてわかった気がした。


 ――まだ、旦那様のお心は、癒されてなどいなかったんだ。


 志乃の頬を涙が伝う。

 それ程までに、花奏の苦しみは深かったのかと改めて思い知った。


「でも僕はね」

 田所が、うつむいた志乃の顔を覗き込む。

「僕は信じているよ。花奏は一歩踏み出せたんだ。だからいつか、花奏が志乃ちゃんと二人で、自らを苦しみから解放してくれることを……。花奏の本当の妻になれるのは、後にも先にも、志乃ちゃんしかいないのだからね」

 田所はそう言うと、寂しそうに引き上げた口元で笑ったのだ。
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