大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
「志乃、明日お師匠様の所へ行っておいで」

 突然の母の言葉に、志乃は戸惑う。

 もうお稽古には随分と行っていない。

「どうして? 私はもうお箏は辞めたのです。今更行っても……」

 そう言いながらうつむいた志乃に、母は顔を歪めながら身体を起き上がらせると、志乃の顔を覗き込んだ。


「いいですか? 志乃。芸は身を助けると言うでしょう。母のためだからと言って、途中で投げ出しては駄目です。お母さんはこんなになってしまったけれど、あなた達娘には、健やかに幸せに過ごしてほしいの」

 母はそう言うと“お師匠様へ”と、細い字で書かれた手紙を志乃に差し出す。

「これを必ずお稽古の前に、お師匠様にお渡しするのよ。いいわね」

 母は手紙を志乃の手に握らせると、そのままぎゅっと手に力を込めた。


 母は何を考えているのだろう。

 その意図がわからず、志乃は困惑しながらもしぶしぶとうなずく。

「……わかりました」

 母は志乃の返事を聞くと、安心したのか再び床に横になり眠ってしまった。
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