大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
 やはり自分には、この障子を開け放つ勇気はない。

 花奏に拒否されることほど、今の志乃を傷つけるものはないのだから……。


「旦那様。先に、休ませていただきます……」

 必死に絞り出した志乃の声は、わずかにかすれている。

「あぁ、そうか……志乃も、ゆっくり休め」

 すると少しだけ躊躇(ためら)ったような声の後、花奏のいつもと同じ返事が聞こえた。


 志乃は小さくうつむくと、サッと花奏の部屋に背を向ける。

 背後から、カタンという物音が聞こえた気がしたが、志乃は向かいの自分の部屋の障子を開けると、そのまま後ろ手で障子を閉じた。

 真っ暗い部屋へ入ると、志乃はぺたんと畳に座り込む。

 なぜだろう。

 また、花奏との距離が開いてしまったような気がした。

 それは田所の話を聞いた志乃の心持ちかも知れないし、元々そうだっただけなのかも知れない。


「旦那様は、手を伸ばせば届く所においでなのに……」

 志乃はぽつりとつぶやくと、暗い部屋に溶けるように深く息を吐く。

 そんな志乃の部屋の外では、花奏の部屋の障子が開いていたことに、志乃は気がつかないまま……。
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