大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
「お、お初にお目にかかります。志乃と申します」

「ほお、なんとも愛らしい。まだお若いゆえ、社交界は初めてですかな?」

 男性はまるで小さい子供にでも話しかけるように、腰をかがめると、にこやかに目を細める。

「は、はい……」

「堅苦しい会ではないですからな、ごゆるりとお楽しみなされ」

「……ありがとう存じます」

 志乃の声に男性は満足そうに笑うと、会場の奥へと消えて行った。


 志乃はゆっくりと頭を上げると、男性の後姿をぼんやりと見送る。

 きっと自分は妻としてではなく、花奏の親族の一人だと思われたのだろう。

 小さく息をつきそうになった志乃は、それでも首を振ると顔を上げた。


 ――こんなことで落ち込んでは駄目よ、志乃。


 今日は初めて、花奏の仕事の場に付き添っているのだ。

 たとえ周りにどう思われようと、妻とは紹介されずとも、花奏に恥をかかせないよう堂々と振舞わねば。


 ――五木さんも、自信をもてと言っていたもの。


 すると小さく手を握った志乃の隣で、じっと会場の奥を見つめていた花奏が振り返った。

「志乃、行くぞ」

 花奏の低い声に、志乃は大きく返事をすると会場の中に足を進めたのだ。
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