大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
 志乃が覗き込むと、小箱の中には小さな箏爪が入っている。

「まぁ」

 志乃は小さくうなずいた。

 きっと女の子は爪が壊れていることに気がついて、焦って廊下を走っているうちに、転んでしまったのだろう。

 志乃は女の子の小箱から、壊れた箏爪をひとつ取りだした。

 手に取って見てみると、親指用の爪が、爪皮からはがれかけている。


「何か直せる道具があると良いのだけど……」

 志乃が周囲を見渡した時、遠くから女の子を呼ぶのであろう、誰かの声が聞こえてきた。

 その声に、女の子はぱっと立ち上がると「お兄さま!」と声を上げる。


唯子(ゆいこ)、ここにいたのか。まったく、心配したんだぞ」

 そう言いながら駆け足で現れた青年の顔を見て、志乃は「あっ」と声を上げた。

 服装こそ違うが、この青年は軍楽隊の演奏会の日に、志乃を助けてくれた将校だ。

「あなた様は、あの時の……?」

 志乃は目を丸くすると、同じように驚いた顔をしている将校をじっと見つめる。
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