大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
 ――確かあの時、旦那様が谷崎少尉殿とお呼びしていたような……。


 そこで志乃は、はたと顔を上げた。

 この社交界の主催である男性も、名前は谷崎だったはず……。

 志乃はもう一度、谷崎と唯子と呼ばれた女の子を交互に見つめた。

 谷崎は驚いた様子のまま、しばしその場で固まっている。

 すると唯子が、途端に大きな声で谷崎を見上げた。


「お兄さま、唯子の爪が壊れてしまったの」

 唯子は谷崎のスーツの裾をぎゅうぎゅうと引っ張った。

「え? 爪? あ、あぁ、箏の爪かい?」

「そうに決まっておりますでしょう? お兄さま、ぼうっとしてどうなさったの?」

「いや……それは……」

 もごもごと口ごもる谷崎から目を逸らすと、唯子は志乃を見上げる。


「ねぇ、お姉さま。この爪、直せますか?」

 必死に訴えるように見上げる唯子に、志乃ははっと我に返った。

 そうだ、まずは何よりも、この爪を直すのが先だろう。

 志乃は気を取り直すと、背の高い谷崎の顔を見上げる。
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