大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~

優しい人

 バルコニーに出ると、途端にヒュッと冷たい風が頬にあたる。

 それでも厚手のドレスを着て、熱気のこもる室内にいたからか、その冷たさが逆にとても爽快だった。

 谷崎の言った通り、ここからは庭だけでなく敷地の全体が見渡せる。

 中央に立派な噴水の置かれた西欧風の庭園の奥には、母屋と思わしき洋館がもう一棟建っており、煌々と照らす明かりがその財力を物語っているようだった。


「寒くはないですか?」

 手すりに手をかける志乃の隣に谷崎が立つ。

「いいえ、心地よいくらいです」

 志乃がほほ笑むと、谷崎は嬉しそうに笑った。

「そういえば、まだお名前をお聞きしていなかったですね。僕は谷崎孝太郎(たにざきこうたろう)と言います」

「あの、私は志乃と申します」

「志乃さんか。素敵な名前だな……」

 つぶやくようにそう言った谷崎の瞳に、志乃は戸惑って下を向く。

 すると静かなバルコニーには、会場の中の人々の楽しそうな声や音楽が漏れ聞こえてきた。


「谷崎様は、中に戻らずにいて大丈夫ですか?」

 志乃がドギマギとしながら声を出すと、谷崎は小さく首を振った。
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