大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
 花奏は重い扉を押し開けると、静かな廊下へと出て辺りを見渡した。

 志乃が会場の外へ出てからしばらく経つが、こちらに戻った様子はない。


 ――てっきり椅子にでも腰かけて、休んでいると思ったが……。


 志乃を心配した花奏は、もう一度左右を見渡していたが、廊下の奥の突き当りを見て、はっと息を止める。

 そこには建物の外へ出る窓が用意されており、その先のバルコニーに佇む志乃の姿を見つけたのだ。

 志乃は誰かとほほ笑み合いながら話をしている。

 じっと目をこらした花奏は、その相手を見て小さく息をのんだ。


「谷崎殿……」

 そうつぶやいた花奏は、自分が無意識に拳を握り締めていたことに気がつく。

 花奏ははっとすると、バルコニーにくるりと背を向け再び会場の中へと戻った。

 会場の中をまっすぐ進みながら、花奏は自分に言い聞かせる。


 ――こうなることは、わかっていたはずではないか。


 あえて谷崎の父親に、志乃を妻ではなく“身内”だと紹介したのは、他でもない自分だ。

 それなのに……。

 この胸をえぐられたような息苦しさは何なのだろう。


「花奏?」

 田所が不思議そうに花奏の顔を見ている。

 花奏は何も答えずに、ただじっと真っ暗な夜に染められた窓の外に目を向け続けた。
< 178 / 273 >

この作品をシェア

pagetop