大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
 その時、五木が再び身を乗り出した。

「犬や猫ではあるまいし、そんな事できるはずがないではありませぬか。そもそも志乃様は、旦那様の妻なのです。これでは志乃様をさらったも同然。たとえ谷崎様と言えど、許されるはずがございませぬ!」

 五木は怒りで我を忘れたように、何度も机を両手で叩いている。

 花奏は椅子の背に身をあずけると、目を閉じたまま天井を仰いだ。


 ――ついに、その時が来た。それだけの事だと思えばよい……。


 花奏は自分に言い聞かせる。

 今までもこの家に来た者は、誰一人の例外もなく花奏の元を去っていった。

 皆、花奏を残して死んでいき、花奏はそれを見送ってきた。


 ――志乃も、そうだった。それだけの事だ……。


 花奏はゆっくりと瞳を押し開けると、ぼんやりと滲みだす天井を見つめる。


 ――志乃は死んだのではない。求められて、この家を去るのだ。むしろ喜ばしいことではないか。


 谷崎は、今は少尉の階級だが、今後軍の主要人物になることは目に見えている。

 まだ若く正義感に溢れる青年は、志乃を慈しんでくれるだろう。
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