大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
 それに加えあの大富豪の父親がついていれば、志乃だけでなく母や妹たちにも贅沢をさせてやれる。

 花奏は姿勢を正すと、怒りに震えている五木を落ち着かせるように、静かに口を開いた。


「雪も深くなるゆえ、運転手にはもう帰って良いと伝えろ」

「だ、旦那様……」

「志乃の荷物は、追って届ければよい」

 目を逸らした花奏の腕を、こちらに回り込んできた五木の、しわだらけの手が必死に掴む。


「旦那様、いえ、坊ちゃん! 何を考えておいでなのですか。まさか志乃様を、本気で谷崎様の元へやると、そういうおつもりなのですか!?」

 五木は目に涙を溜めながら、花奏の腕に縋りつく。

「志乃様は騙されているのです。運転手を戻したこととて、谷崎様に何か言われたに違いありません」

 花奏の腕を何度も振る五木の目から、涙の粒が溢れ出した。

「坊ちゃん、迎えにお行きなさいませ。どうか志乃様を……志乃様を、連れ帰って来て下さいませ……」

 五木は消え入るような声でそう言うと、膝からがくんと畳に崩れ落ちる。

 すすり泣く五木の声を聞きながら、花奏は再び目を閉じた。
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