大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
 そして花奏に優しく抱き寄せられ、そっと触れるように唇が重ねられる度に、志乃はついに花奏と夫婦(めおと)になれたのだと、心の底から満たされたのだ。

 志乃は、花奏の柔らかな唇の感触を思い出し、思わず熱くこもった息をもらす。


 ――旦那様にもっと触れたい……。


 花奏と想いを通わせたあの日以来、志乃の中でその気持ちはどんどん大きく膨らんでいる。

 こんなことを思うのは、はしたないだろうか。

 一人自分の部屋で夜を越すたび、志乃はそんな事を考えてしまうのだ。


「志乃様。手が止まっておりますぞ」

 すると途端に背後から厳しい声が飛んできて、志乃は無意識に触れていた自分の唇から指を離すと、慌てて背筋をピンと伸ばした。

「ひゃっ、は、はい」

 志乃は大袈裟に返事をすると、急いで黒々とした漆の重箱を、乾いた布で拭いていく。

 世話しなく動いていた五木は、フォッフォッと笑いながら、慣れた手つきで志乃が置いた重箱に、数の子や田作り、かまぼこを詰めていった。
< 204 / 273 >

この作品をシェア

pagetop