大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
 箏は、あの少女が奏でたものか。

 聞きなじんだ曲と、なめらかな指使いで紡ぎ出される音色。

 目の前のまだ幼さの残る少女の姿が、在りし日の面影に重なったことに、花奏は少なからず動揺した。


 ――あの少女、どこかで見たことがあるような……。


 記憶を辿った花奏は、つい先日、やはり今日と同じように動揺した日の事を思い出す。

 目の前で転びそうになった少女を助けたが、その少女が持っていたのは箏の譜面だった。

 それを見た瞬間、花奏はひどく心が掴まれる思いがした。

 その少女が今、目線の先で箏を弾いている。


 自動車が再びガタクリと音を立てて動き出し、花奏は静かに目を閉じると、自分に言い聞かせるように繰り返す。

 今まで何人も見送ってきた。

 それでも、心は浮かばれなかったではないか、と。


 ――いや、違うか……。


 花奏は窓の外に目をやると、再び心の中で繰り返す。

 “浮かばれては、いけないのだ”と。
< 21 / 273 >

この作品をシェア

pagetop