大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
「そろそろ時間ですが、どうされますかな?」

 志乃は顔を上げると、奥の扉を見つめた。

 まだ花奏とエドワードはこちらには来ていない。

 もしかしたらエドワードが人前に出ることを恐れ、頑なに拒否しているのかも知れない。


 志乃はぐっと両手を握り締めると、谷崎の父に顔を向ける。

「始めていただけますでしょうか」

 その声にうなずくと、谷崎の父は周りに指示を出し、演奏会が始まる旨を来賓客に伝えた。


「志乃さん、しっかり」

「お姉さま、がんばって」

 谷崎と唯子に見守られながら、志乃は舞台の前に立つ。

 目を閉じて一旦大きく息を吸った。


 志乃が立つ舞台の後ろでは、弦楽器やピアノなどのサロン奏者たちが静かに待っている。

 志乃が演奏できるのは一曲のみ。

 それが終われば、当初予定されていた奏者たちが、演奏を始めることになっていた。


 ――たとえ会場に来なくてもいい。ほんの一節でも、エドワードさんの耳に届いて欲しい……。


 志乃は心の中で願うようにそうつぶやくと、そっと目を開ける。

 そして多くの人が見つめる中、静かに舞台に上がった。
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