大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
 志乃は着物の裾を抑えながら慎重に階段を上る。

 周りよりも高い舞台は、緊張も相まって思わずめまいがしそうだ。

 次第に心臓はどきどきと激しく脈打ちだし、突然現れた志乃を見る人々の視線が、全身に刺さるように感じた。


 思わずふらつくように腰を下ろした志乃は、大きく震え出した手を無理やり弦にかける。


 ――さぁ、弦を(はじ)くのよ、志乃。


 心の中で自分に声をかけるが、それでもなかなか最初の一弦を弾き出すことができない。


 ――あぁ、旦那様……。緊張で指が動きそうにありません……。


 つい志乃が嘆きそうになった時、しーんと静まり返った会場の、奥の扉がカチャリと開く音が響いた。

 その音に顔を上げた志乃は、現れた顔を見て、はっと息を吸う。


 そこから姿を見せたのは花奏だ。

 花奏はまっすぐに志乃を見つめると、優しくほほ笑んでいる。

 その顔は、いつも離れで志乃の箏を聴くときの優しい顔。

 志乃が愛してやまない、花奏の笑顔だ。


 ――あぁそうよ。旦那様は、私に本当の笑顔を見せていてくれていた。いつも優しく、私を愛で包んでくれていたのよ。
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