大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
 花奏が見守ってくれているなら、自分はどんな時でも強くなれる。

 志乃は花奏にうなずき返すと、急に気持ちを落ち着けたように箏に向き直る。

 そしてふうっと息を吸い、最初の一弦を、心を込めて弾いた。


 しかし志乃の演奏が始まると、途端に周りで聴いていた来賓客がざわつき出す。

 思い描いていた箏曲(そうきょく)とは全く違う旋律に、皆が戸惑っているようなのだ。

 谷崎や唯子も目を丸くし顔を見合わせているが、花奏だけはずっとほほ笑んだままだ。


「何の曲かしら?」

「さぁ? でもなぜだか懐かしいわ……」

 ざわつきに混じって、そんな声が聞こえてくる。

 志乃は指を動かしながら“懐かしい”という言葉に、涙が込み上げてくるのを感じていた。


 志乃がエドワードのために、どうしても弾きたいと思った曲。

 それはエドワードの故郷の曲“ローモンド湖”だった。

 軍楽隊の演奏会と社交界で二度聴いただけだったが、その旋律は深く志乃の心に残っている。

 志乃は昨夜、その旋律を思い出しながら、花奏が見守る中、離れでずっと練習していたのだ。
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