大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
 昼間の出来事を思い出し、充実した心持ちで顔を上げた志乃は、再び鏡台の鏡を覗き込む。

 ほんのり頬を染めた自分に恥じらいながら、うっすらと小指で(べに)をひき、長い髪をゆるく横で束ねた。

 浴衣の襟元に手を当てると、どきどきと脈打つ鼓動は、自分でもその動きがわかるほど、大きく志乃の胸を打っている。

 思わず熱くこもった息をこぼした志乃は、鏡に蓋を被せて閉じると、ゆっくりと立ち上がった。

 手を伸ばして部屋の明かりを消し、ふと振り返ると花奏の部屋からは、うっすらとほの暗い光が漏れている。 

 きっと今頃、花奏は志乃が来るのを待っているだろう。


「今宵は、俺の部屋に来てはどうだろうか」

 片づけを終えて居間に戻った志乃に、花奏がいつになく熱い瞳を向けた。 

 志乃は今夜初めて、花奏の部屋に呼ばれたのだ。

 次第にどきどきと高鳴る鼓動を感じながら、志乃は部屋を出ると、向かいの花奏の部屋の前で立ち止まった。


「旦那様……志乃です……」

 息を吸い、障子の前でどぎまぎと声を出すと、中からわずかに花奏の足を擦る音が聞こえてくる。

 しばらくしてスッと音もなく開いた障子の先には、志乃と同じ浴衣に身を包んだ花奏が立っていた。
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