大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
「皆、ここに眠っておる」

 花奏の低い言葉に、志乃は深くうなずく。

 そして腰をかがめ膝をつくと、目を閉じて静かに手を合わせた。


 香織や花奏の両親、そして花奏が看取ってきた人たちが眠る場所。

 今の花奏があるのは、この人たちがいたからだ。

 志乃は心を込めて祈りを捧げ、しばらくして顔を上げる。

 花奏はじっと、墓石に彫られた文字を見つめていた。


「葬式をあげる度、ここに来るのが辛くてたまらなかった。増える墓石を見る度に、胸が張り裂けそうな思いに襲われた」

「旦那様……」

 志乃は立ち上がると花奏の手をぎゅっと握る。

「俺はこの者たちを忘れたことがない。忘れることが怖かったのだ……」

 花奏はそう言いながら志乃を振り返る。

「でも不思議なのだ。いつからか、ふと忘れている瞬間があることに気がついた。香織の箏の音を、思い出せぬのと同じように……」

 眉を下げる花奏に、志乃はにっこりとほほ笑んだ。

「それで良いのです」

「良い?」

「たとえ日常では忘れていても、こうしてふと思い出す日があれば、それで良いのだと、私は思います」

 志乃の言葉に、花奏ははっと目を丸くしてから静かにほほ笑む。

「そうだな。志乃の言うとおりだ」

 花奏はそう言うと志乃の手を優しく握り返した。
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