大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
 いつでも美味しいものを食べることができ、安心した日常を送ることができる。

 でも……。

 志乃は顔を上げると、海をオレンジ色に染める夕日を見つめた。


「うまい話なんて、あるはずがなかったのよ」

 志乃はぽつりと声を出す。

 志乃を嫁にと言ってきた相手は、死神だった。

 母や妹への援助の資金は、いわば死神に命を差し出すことへの見返りか。


 しばらくぼんやりと夕日を眺めていた志乃は、ふうと大きく息を吐ききる。

 そして固く口を結ぶと立ち上がった。

 悩んだところで自分が選ぶ道は一つしかない。


 ――たとえ相手が死神だったとしても……。


 そう思った途端、急におかしな気持ちになってくる。

 志乃はくすくすと肩を揺らすと、拳をぎゅっと握り締めた。

 死神の元だろうが何だろうが、行ってやろうじゃないか。

 そちらがその気なら、こちらはとことん死神を利用させてもらうまで。

 それで母に心置きなく療養させることができ、妹たちに安心した暮らしをさせてやれるのなら。


 そして五日後、志乃は死神の元へ嫁ぐことを五木に申し出たのだ。
< 27 / 273 >

この作品をシェア

pagetop