大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
 志乃は伺うように、ゆっくりと自分のお腹に両手で触れるが、先ほどの感覚は伝わってこない。

 今は何も感じない所をみると、やはり思い違いだろうか?


「志乃、いかがした?」

 すると志乃の様子に気がついたのか、花奏が慌てて駆け寄ってきた。

「旦那様……今……」

 志乃がそう言いかけた時、入り口の扉が開き、ざわざわと人の声が聞こえだした。

 どうも、開場を待っていた人たちが、一斉に入って来たようだ。

 途端に熱気を帯びた会場は、あっという間に椅子が埋まり、皆が会の開始を今か今かと待ち望んでいる。


「どうしましょう、旦那様……こんなに多くの方たちが……」

 会場を埋め尽くすほどの人に、志乃は驚いて声を上げた。

「皆が志乃の想いに、賛同してくれておるのだ」

 花奏はにっこりとほほ笑むと、志乃の手を優しく握る。

 志乃はその手を握り返すと、小さく首を横に振った。


「いいえ、旦那様。私だけではありません。旦那様と、そして皆の想いです」

 志乃の言葉に、花奏は驚いたような顔をした後、目を細めて静かにうなずく。

「そうだな。志乃の言うとおりだ」


 二人がほほ笑み合いながら肩を揺らした時、係の者が花奏の側に来て、会のはじまりを告げた。

 志乃は関係者席へ移動し、花奏の隣に腰かけると、高鳴る鼓動を感じながら、溢れるほどの想いとともに舞台の上を見つめた。
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