大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
 その時、志乃はまたはっと息を止める。

 自分のお腹にそっと触れると、その手に応えるかのように、再びぽこんと小さな感覚が伝わった。


 ――間違いない……。確かに今、応えてくれた。ちゃんと、ここにいるのだわ。私と旦那様の子が……。


 志乃は胸が震えるほどの感動に瞳を潤ませると、隣で舞台を見つめる花奏に向かって顔を上げる。

「旦那様……」

 そう小さく声を出そうとして、志乃はぴたりと口をつぐんだ。


 ――あぁ、こんな素晴らしい日に起きた出来事だもの。何か特別な方法で伝えたい。


 その時、志乃の脳裏に浮かんだもの。

 それは花奏に、大切な想いを伝えるための、とっておきの方法だ。


 あの時は、名も知らぬ“死神の旦那様”へと()てたものだった。

 でも今は違う。

 愛する花奏へ、宛てて書くのだ。


 舞台の上では箏の合奏が始まり、その音色は会場を優しく包み込んでいく。

 志乃はその音色に耳を澄ませながら、小さく自分にうなずいた。

 箏の音色を柔らかな風に乗せるように、この溢れる想いを(つづ)ろうと……。


「あぁ、そうだわ」

 志乃は小さくつぶやくと、愛しい花奏の顔を見上げた。

 はじめの書き出しは、こうしよう。


 “拝啓 父になる旦那様”と。


【完】
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