大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
「今日はお母さんの様子を見に帰るから、うちにも少し摘んで帰ろう」

 志乃は花切狭(はなきりばさみ)を持つと、花菖蒲を数輪、丁寧に摘み取った。


 薄紫の華やかに咲き誇る花菖蒲と共に、部屋に戻ろうとした志乃は、ふと庭の奥の離れに目をやる。

 障子の閉じられたあの部屋は、決して入るなと五木からきつく言われている場所だ。

 何が置いてある部屋なのか、はたまた誰かの部屋なのかはわからないが、少しだけ恐ろしいような気がして、志乃はできるだけ近寄らないようにしていた。


 志乃は心持ち駆け足で庭を通り過ぎると、縁側の前に置いてある沓脱石(くつぬぎいし)にぴょんと上がる。

 下駄を脱いだ志乃は、そのまま仏間へと向かった。

 ついさっき摘み取ったばかりの花菖蒲を飾り、今日が月命日にあたる位牌を一番手前に置いた。


 それにしてもなんという数だろう。

 戒名(かいみょう)を見る限り、ほとんどが女性なのではないかと思われる。

「まさかこれ全部が、奥様だった方なのかしら……?」

 死神が死神たる所以(ゆえん)

 娶った妻が次々に亡くなるというのは、本当の話なのかも知れない。
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