大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
 すると落ち込んだ志乃の様子を見て、五木がポンと手を叩いた。

「では志乃様。旦那様に手紙など書いてみてはいかがでしょう? それであれば、いつでもお読みになれますし、志乃様のお気持ちを伝えられますでしょう?」

「手紙……?」

 志乃は、はっと顔を上げると慌てて下駄を脱ぎ、土間から自分の部屋へと駆けだす。

 五木はそんな志乃の様子に小さく肩を揺らすと、フォッフォッと笑い声を立てながらまた支度にとりかかった。


 志乃は自分の部屋に入るなり、脇に置いてある文机の引き出しを開けて、紙と鉛筆を取り出した。

 でもすぐに思い直して、墨と(すずり)を用意する。

 志乃はしばらく筆を口元に当てると、じっと思いふけった。


 初めて死神に()てて書く手紙。

 それはまるで、おとぎ話に出てくる殿方に恋文を送るような、どきどきとした新鮮な気持ちだった。

「よし」

 心を決めた志乃は、顔を上げると、硯に向かって丁寧に墨をすりだした。

 そして筆を持ち、黒々と艶のある墨にそっと筆先を浸す。

 志乃は一旦息を吐くと、紙に向かってさらさらと文字を綴りだした。


 “拝啓 死神の旦那様”と。
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