大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
 手紙は線の細い字で丁寧に書かれている。

 ふとその柔らかな文字と、箏を弾く志乃の指先が重なった。

 花奏はその文字をじっと目で追う。

 手紙には、名前も知らぬ自分への感謝が、何度も(つづ)られていた。

 ひたすらに母や妹の事を思い、大切にしてきたであろう志乃の優しさが伝わってくる。


「志乃様は、早く旦那様にお会いになりたいようですぞ」

 背広を片付けていた五木が、背中越しに声を出し、花奏ははっと顔を上げた。

「そうそう。志乃様には、斎宮司家(さいぐうじけ)に代々伝わる、ぬか床の作り方もお教えせぬといけませんなぁ。後は梅干しと……」

 花奏の様子に構わずに言葉を続ける五木に、花奏は手紙を机に置くと厳しい目を向ける。


「五木、わかっているのだろう? 俺は志乃に会う気はないし、名乗るつもりもないのだと」

 花奏の固い声に、五木は振り返ると、穏やかな視線で花奏を見つめた。

「なぜでしょう? なぜ旦那様は、そこまで(かたく)なになられるのですか?」

「それは……」

 花奏は口を閉ざすと、立ち上がって縁側に向かう。

 今宵の月は、ほろほろと光を零すように、儚げに浮いていた。


「……志乃のためだ」

 花奏はしばらくして、低い声を出す。

「志乃様の?」

 五木は不思議そうな顔で聞き返した。
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