大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
 すると下げた目線の先で、男性の黒く磨き上げられた革靴が揺れた。

「お怪我はないですか?」

 男性はくすりと笑っているようだ。

「は、はい……」

 志乃は頬を真っ赤にさせながら、もじもじと目線を上げる。


 男性は、年の頃は志乃よりも十ほど上だろうか。

 黒いスーツ姿で、中折れ帽を被り、ステッキを持つ様は、なんともハイカラだった。


 ――こんな素敵な紳士に、私なんてことを……。


 志乃の頭の中では、早々に結婚して学校を辞めていった友人たちとの、ロマンチックな会話が浮かぶ。


 すると思わずぽーっとしてしまった志乃の前で、男性は地面に落ちた志乃の風呂敷包みを取り上げた。

 風呂敷包みは落ちた際に結びがゆるんだのか、ほつれて中に入っていた箏の譜面が顔を覗かせている。

 それを見た瞬間、男性が小さく息をのむのが伝わった。


「……箏……か」

 首を傾げる志乃に男性はつぶやくようにそう言うと、どこか苦しげな目をしながら、志乃に風呂敷包みをそっと手渡す。

「あ、ありがとう存じます」

 志乃は受け取った風呂敷包みを胸の前でぎゅっと抱きしめると、再び深々と頭を下げた。
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