大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
 当然、来賓席にいた紳士も、今はもう姿も見えない。

 志乃がもたもたしている間に、演奏会は終了してしまったのだ。

 すると小さく肩を落とした志乃の顔を、将校が覗き込んだ。


「どうかされましたか?」

「いえ、何でもございません。大変失礼いたしました」

 志乃は大きく両手を顔の前で振ると、「では」とその場を後にしようとする。

 すると将校がそっと志乃を呼び止めた。


「良ければ僕に、送らせてくださいませんか?」

「え……?」

「あなたとここで別れたら、後悔する気がするのです」

 頬を染めながらそう言う将校に、志乃はどうしたらいいのか戸惑ってしまう。

 送るとは、家までということだろうか?


 ――私には旦那様がいるのに、そんな事できないわ。でも、将校様の申し出をどうやって断れば……。


「あ、あの……」

 動揺しながら後ずさる志乃に、将校が一歩迫った時……。

 ふわりと風が吹くように、志乃の側に誰かが身を寄せた。

 その人は長い腕を回すと、志乃の肩を抱き、そっと将校から遠ざけるように後ろへ引く。
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