大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
 志乃は今にものぼせそうになった顔のまま、谷崎の背中を見送る。

 すると志乃の肩を抱く男性から、大きなため息が聞こえてきた。

「きゃ……」

 志乃は急に我に返ると、ぴょんと飛び跳ね、慌てて男性の腕から逃れる。


「あ、あ、あの……」

 どうしたら良いのだろう。

 何か言わなければならないのに、何も言葉が出てこない。

 まずはこの美しい男性が誰なのか、なぜ自分を連れだと言ったのか、聞かなければいけないのに。


 すると男性は腕を組むと、再び大きく息をついた。

「お前はとても危なっかしい。見ているこちらの身が持たん」

 つぶやくようなその声に、志乃は「え?」と顔を上げる。

 男性は自分のことを知っている?


「あの、あなた様はいったい……」

 志乃がそこまで言いかけた時、遠くから何やら叫び声が聞こえてきた。

 見ると真っ赤な顔をした五木が、鬼の形相で駆けてくるではないか。

 志乃は思わず「きゃっ」と悲鳴を上げると、そっと後ずさりした。

 五木は志乃の前まで駆け込んで来ると、怯える志乃の様子はお構いなしに、ずいっと鬼の顔を覗き込ませる。
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