大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
「志乃、外ではその名で呼ぶな。俺の名は花奏(かなで)だ。斎宮司花奏」

 低く艶のある声が耳元に響き、志乃の頬にパッと赤みがさした。


「斎宮司……花奏様……」

 ずっと名も知らず、会うことも叶わなかった死神の旦那様。

 毎日毎日、手紙を書き続けたその人が今、志乃の目の前に立っている。


 ――あぁ、どうしたらいいの。


 志乃は胸がいっぱいで、思わず瞳が潤んでくる。

 すると目頭を押さえる志乃の姿に気がついた花奏が、そっと白いハンケチを握らせた。


「志乃、もういい」

「……はい」

「車を待たせてある。五木、帰るぞ」

 花奏はそう言うと、くるりと背を向け、自動車が停まっている方へと歩き出す。


 志乃は顔を上げると、その背の高い後ろ姿に揺れる、長い髪に目を向けた。

「花奏様……」

 志乃はもう一度、自分の中で小さくつぶやく。

 ずっと知りたかった名は、なんと素敵な響きなのだろう。


 志乃は花奏に渡されたハンケチを胸に当てると、先を行く花奏の背中を追って駆けだした。

 そんな志乃の後ろからは、五木のフォッフォッという笑い声が、風にのって高らかに響いていた。
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