大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
 程なくして自動車は屋敷の前に到着し、車を降りた花奏は、何も発することなく自分の部屋へと入ってしまった。


 志乃はぎしぎしと鳴る廊下を進みながら、もう一度盆を持つ手にぐっと力を込める。

 花奏に聞きたいことは沢山ある。

 それでもまずは、今までしてもらったことへの、お礼をしなければならないだろう。


 ――旦那様に、きちんとご挨拶するのよ、志乃。


 すると、ぐっと自分にうなずいた志乃の目線の先で、ふと人影が動いたのを感じ、不思議に思って顔を上げる。

 その途端、志乃はどきっと心臓を飛び上がらせた。

 庭の奥にある離れの戸が開き、花奏が出てくるのが見えたのだ。

 花奏はさっきまで着ていた、外出用のスーツから着替えたようで、一転して緩い着流し姿に変わっている。

 その姿があまりに(うるわ)しく、志乃は小さくため息をつくように足を止めた。


 しばらくぽーっとしていた志乃は、花奏が出てきた離れを見て、今度は小さく息をのむ。

 あそこは志乃が五木から、決して入ってはならぬと言われている場所。
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