大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
「もう俺に、手紙を書く必要はないと言っている」

「……そんな」

 志乃はうつむくと、花奏から贈られた着物の袖をぎゅっと握り締めた。

 志乃の瞳には、次第に涙が溢れてくる。


「ではなぜ……なぜこの着物を、贈ってくださったのですか……? なぜ今日、演奏会にお越しになったのですか……?」

 志乃の声は涙で震えている。

 花奏は一瞬、躊躇(ためら)うように視線を彷徨(さまよ)わせたが、ぐっと拳を握ると、志乃から顔を背けた。


「それは……ただの、気まぐれだ」

「気まぐれ……?」

「そうだ。気まぐれ以外、特に何も理由はない」

 花奏はそれだけ言うと、愕然と佇む志乃をおいて、部屋を出て行った。


「そんな……」

 酷く心をえぐり取られた志乃は、崩れ落ちるように畳に座り込む。

 そして何度も花奏の言葉を繰り返した。


 着物とチラシが部屋の前に置かれていた時、志乃は死神からの返事だと思い心を高揚させた。

 やっと死神と、心が通じたのだと思った。

 でもそれは、ただの気まぐれだったというのか……。
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