大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
 志乃は握った手を上げると、そっと戸を数度叩いた。

 トントンという、乾いた音だけが響き、中からは何の音も聞こえてこない。

 志乃は再び取っ手に手をかけると、引き戸をぐっと開いた。

 戸はガラガラという重い音を響かせながらゆっくりと開き、志乃は恐る恐る中へと一歩足を踏み入れる。


 薄暗い離れには、目の前の小あがりになった先に、一室部屋があるのみのようだ。

 志乃はぎこちなく下駄を脱いで板の間に上がると、一度しゃがんで震える手で下駄を揃える。

 膝をついたまま、そろそろと障子の前まで行き、静かに手をかけた。


 心臓はバクバクと激しく動いている。

 志乃は目をぎゅっと閉じると、そのまま「えいっ」と障子を横に引いた。

 すっと障子が開く感覚に、志乃は目を閉じたままじっと待つ。

 でも、辺りは何も変わりなく静まり返っているようだ。


 志乃は、ゆっくりと閉じた瞼を緩めていく。

 すると、うっすらとした視界に映ったものに、志乃は驚くとパッと目を見開いた。

 夕日に照らされ橙色(だいだいいろ)に染められた六畳ほどの座敷の真ん中、そこに置かれていたのは、それは見事な箏だった。
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